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2007年05月31日

おば〜ちゃんの突然の召天

晴れ
後雨
 きのうの続きです。疲れてぐっすり眠ってしまい、起きたら夜中の12時を回っていました。それからのこのこ起きて来て、一昨日借りたDVDの続きを見たり、部屋の中を歩き回ったりし、汗が出て来たところでお風呂を沸かして入りました。出て来た時はもう夜明け間近、5時近くなっていました。突然電話が鳴り出しました。こんな時間にかけて来るのは間違い電話か…。何かピンと来ました。直ぐに出ますと、案の定おば〜ちゃんの入院している病院からでした。おば〜ちゃんが危ないので直ぐに来てくださいとのことです。30分位で行けますといいますと、大丈夫なようなことを仰いました。兄や姉に連絡した方がいいですかと尋ねますと、そうしてくださいとのこと。直ぐに姉に電話しましたが、何回呼び出しても出てくれません。そのうち留守電になってしまいました。兄は携帯にかけると直ぐに出てくれました。「お母さんが危ないらしいので、直ぐに来てください」と連絡。車に乗って病院に向かいました。道路交通法違反ですが、途中ずっと姉を呼び出しましたが、結局出ません。病院に着くと、連絡を受けている守衛さんが直ぐに戸を開けてくださいました。エレベータに乗って4階に。おば〜ちゃんの部屋に入ると、そこにはもうピクリともしないおば〜ちゃんが横たわっていました。『えっえ〜っ』と思い、「もう心臓は止まってしまいましたか。」と看護師さんに尋ねますと、ほんの少し前に止まってしまったとのことです。「未だお声をかけられれば聞こえると思いますよ。」といわれましたので、「お母さん、可愛がってくれてありがとうね。」と大きな声でいいました。おば〜ちゃんはピクリともしません。でも聞こえているかもしれないので、「天に行ったら忙しくなるから、頑張ってね。」とか色々語りかけました。まだ顔も手も皆温かいです。おば〜ちゃんは昨夜12時頃まで眠っていて、その後ずっと声を出していたそうです。何となくきのうの様子が苦しそうに感じたので、きょうは午前中様子を見に行くかななんて思っていましたが、その感は正しかったようです。心電図を見ると、5時5分頃に心臓の動きが止まってしまったそうです。おば〜ちゃんの顔はとても安らかなものでした。なんか複雑な心境でしたが、この病院で天に召されて幸せだったのではという気がして来ました。直ぐに兄におば〜ちゃんが既に亡くなってしまったことを連絡。相変わらず姉は普通の電話にも携帯にも出ません。わたしなんか、お風呂やトイレに入る時も電話をそばに置いているというのに…。看護師さんに、今主治医の先生に連絡し、先生がこちらに向かっていますといわれましたので、とりあえず主治医の先生がいらっしゃるまで待つことにしました。先生は6時ちょっと過ぎにいらっしゃいました。おば〜ちゃんの瞳孔の開いていることと、胸に聴診器を当てて心音のないことを確認し、「5月31日午前6時13分、死亡を確認しました。」とおっしゃいました。いわゆる死亡確認ですね。これで証明書をいただき、死亡届けを出さないと、お葬式をしても火葬することができないそうです。先生がいらしたので、国立に住む姉を車で向かえに行くことにしました。看護師さんがその間おば〜ちゃんの体を拭いて、綺麗な浴衣に着替えさせてくださるとのことでした。姉の家に着くと、姉は眠っていました。途中おば〜ちゃんのお見舞いに良く来てくださっていた、おば〜ちゃんのキリスト教のお仲間の方にお電話しましたら、もう起きていらしたので、一緒に病院に行きませんかとお誘いしました。ふたりを病院前で下ろして民間駐車場に車を止めに行きました。病室に戻ると、姉は既に亡くなっているおば〜ちゃんの前でぐっと涙をこらえています。ここのところ体調があまり良くなく、やっと回復して来たので、きょうお見舞いに来ようとしていたそうです。教会のお友達が、おば〜ちゃんの枕元で祈ってくださいました。しばらくすると兄が義姉と一緒に到着しました。葬儀屋さんに連絡をし、わたしは一足先にまとめた荷物を持って帰り、おば〜ちゃんの部屋を掃除しておくことになりました。帰宅する前に、お世話になりました5階の看護師さんにお礼とおば〜ちゃんが亡くなった報告をしに行きました。良くしてくださっていた看護師さんがびっくりされて、直ぐに3人でおば〜ちゃんの部屋に来てくださいました。わたしはもう帰宅するところでしたので、廊下ですれ違いました。おば〜ちゃんは、たくさんの看護師さんに好かれていたのでとても嬉しいです。
 こんな感じできょうは一日慌しく終わりました。地域の回覧板への依頼。おば〜ちゃんの教会の方への連絡。こういう時に限って、留守の人ばかりなんですよね。おば〜ちゃんの顔を見に来てくださったご近所の方や、診療所の方々への応対。葬儀屋さんとの打ち合わせも終わり、正直いってこの記事を書いている今は、くたくたです。おば〜ちゃんはとても安らかな顔をして、隣の部屋で横になっています。馬鹿みたいですが、仕事がひとつ片付く度に、おば〜ちゃんの耳元であれが片付いたよ、これが片付いたよと報告をしています。(^^;)

投稿者 Ryokucchi : 2007年05月31日 23:30

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コメント

アー、母上。
体は楽になられましたでしょうか?
心もきっと、安らかですよね。
良いお子さんい面倒を見てもらって幸せでしたねーー。
良ちゃん
今は忙しくてぴんと来ないかもしれません。
体もゆうことをきいてくれます。
でもずーーと、無理もしてきているのですから、
がんばり過ぎないようにね。
皆さんにもうすこし助けていただいて・・・

お母様の御冥福をお祈りします。

投稿者 じょしゅ : 2007年06月01日 06:48

じょしゅさま。いつも覗いてくださり、ありがと
うございます。m(^^)m

元来おば〜ちゃんの顔はとても小さいです。
小顔というのでしょうか。その上経鼻栄養で痩せたので、
更に小顔になってしまいました。
そうしたら、若い頃は気がつかなかったのですが、
とても整った品のある顔をしていたことに気づきました。
身内のものがこんなことをいうのも変ですが…。
(わたしは母ではなく、お父さん似ということになって
います。(^^;))

死に顔は、とてもいい顔でした。
昨日はそのおば〜ちゃんの隣で眠りました。
寂しがりやのおば〜ちゃんのためもありますが、
寝る部屋がないという理由もあります。(^^;)

7ヶ月をかけて、骨折、寝たきり、喋らなくなり、
亡くなるという経過をたどりましたので、わたしの
ショックはとてもやんわりだったと思います。
その間色々準備や対策もできました。心臓も良くして
いただきましたし。(^^;)
これらも皆おば〜ちゃんからのプレゼントだと思って
います。

投稿者 Ryokucchi : 2007年06月01日 08:24

母上は良ちゃんがびっくりしないように
心構えができるようにゆっくりと
天への道を進まれたのではないかと思います。
良く、看病されましたねー。
母上も天に召されても
良い報告ができて幸せではないでしょうか。
あんなこと、こんなこと、
子供たちがやってくれましたよってね。

白髪の美しいきれいな母上でした、
安らかなお顔ということはこちらも安心できますね。

どうぞ、良ちゃんも体に気をつけて
母上を送ってあげてください。

投稿者 じょしゅ : 2007年06月01日 08:45

Ryokucchi先生。
最後までやさしい気使いでおばーちゃんを見送り、
おばーちゃんもよろこんで旅立たれたと思います。

「リヨー電話だよー」のおばーちゃんの声が耳に残っています。
Ryokucchi先生も身体には十分お気をつけ下さい。
ご冥福をお祈りいたします。

投稿者 ノリオ : 2007年06月01日 09:48

ノリオさん、いつも見てくださりありがとうございます。
ここのところ酸素マスクも、薬の点滴も、ホルター心電計も
外されていたというものの、5、6回苦しそうな声を出しては、
眠ったようになってしまうの繰り返しでしたので、おば〜ちゃんは
やっと次のステップに移行できたと喜んでいるのではない
でしょうか。それはあたかもわたしがその時を迎える準備が
できるのを待っていてくれていたかのようです。
これからは、パソコン・サポートの仕事で頑張らなくては。
65才になって年金をいただくには、未だ少々間ありますから。
(^^;)

投稿者 Ryokucchi : 2007年06月01日 23:06

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